父の軽トラに乗って
軽トラの助手席から始まる「実家じまい」──父の思い出と向き合うお片付けの日々
こんにちは、ちこです。
私が最近コツコツ続けている「実家のお片付け」のことを書いてみたいと思います。
いわゆる“実家じまい”や“親の家の片付け”は、今まさに多くの方が悩まれているテーマだと思いますが、私自身もその一人。
父の残してくれたものたちと向き合いながら、少しずつ前へ進んでいます。
父が乗っていた軽トラと、久しぶりの再会
実家のお片付けを始めるきっかけになったのは、家の周りに残されたたくさんの荷物と、父が大切にしていた軽トラの存在でした。
父は体調を崩してからしばらく軽トラに乗れず、気がつけば倉庫のかげで静かに止まったまま。
久しぶりに目にしたその姿は、まるで「ちょっと、そろそろ動かしてよ」と言っているみたいでした。
実はこの軽トラ、私にとっては小さな思い出が詰まった存在です。
子どものころ、よく助手席に乗って父の隣で風を浴びていました。
父の仕事の帰り、ホームセンターへの買い物、近所のお祭りへ行くときも、その助手席にちょこんと座っていました。
でも、思春期になると不思議なもので、急に軽トラの助手席が恥ずかしく感じるように…。
友達に見られたらどうしよう、そんな気持ちが先に立って、乗ることがほとんどなくなっていきました。
そんな軽トラに、大人になった今、旦那さんと一緒にまた乗る日が来るなんて。
助手席に座ると、昔の自分がふっと横にいるようで、胸が少しあたたかくなります。
旦那さんがエンジンをかけると、バッテリーは上がっておらず、動いてくれました。
父のにこにこした顔が浮かぶようです。

実家じまいは、小さな一歩を積み重ねていく作業
実家のお片付け──“実家じまい”とも呼ばれますが、やってみると本当に大変です。
私たちの場合、仕事がお休みの日にしか取り組めないので、なかなかスムーズには進みません。
それでも、旦那さんと一緒に「今日はここだけやろう」と小さな範囲に区切りながら、ゆっくり進めています。
親が大切にしていた物を見ると、「これは残すべき?」「処分してしまっていいのかな?」と迷ってしまうことも多く、精神的にも体力的にもじんわり疲れます。
でも、片付けをしていると、父との思い出が自然とよみがえってきます。
手作りの棚、古い工具、愛用していた釣り竿…。
ひとつひとつに父らしさがあって、「あぁ、この人はこんなふうに生きていたんだな」と改めて感じる時間にもなっています。
そんなときに起きた、軽トラの“まさかの事件”
旦那さんと「よし、今日はまとめてゴミを運び出そう!」と気合を入れた日。
久しぶりに軽トラを動かして、荷物を積み込んでいたら…。
なんと、軽トラのタイヤが ペッタンコ に!
えっ、こんなことってある??
もしかして荷物が重すぎた…?
いや、そうでもない気がするけど…。
二人でタイヤを見つめながら、ちょっと笑ってしまうほどの見事なパンクでした。
困ってしまって父の知り合いの方に連絡すると、すぐにタイヤ交換をしてくださることに。
本当に助かりました。
父がつないでくれたご縁のおかげで、こうして前に進めているのだと思うと、ありがたくて胸がじんとしました。

実家じまいは「心の整理」でもある
実家の片付けをしていると、どうしても思い出と向き合う時間が増えます。
ちょっと切なくなったり、懐かしさで胸が温かくなったり、いろんな感情の波が押し寄せます。
でも、そのひとつひとつは、私にとって「父とのつながりを再確認する時間」でもあります。
軽トラの助手席に座るたびに、あの頃の風の匂いがよみがえってくる。
父が元気だった日々が、ふっと近づいてくる。
実家じまいは決して簡単ではないけれど、こうした時間があるからこそ、ゆっくり前を向けているのかもしれません。
これからも、こつこつ進めていきます
まだまだ片付けは終わりません。
お仕事の休みにしかできないので、時間はかかると思います。
でも、焦らず、マイペースに。
軽トラと旦那さんと一緒に、父の思い出に寄り添いながら、こつこつ進めていくつもりです。
また進展があったら、お知らせしますね。



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