父の残したものと向き合う実家のお片付け|1ヶ月続けて見えてきた「実家じまい」の記録3

実家お片付け

実家の片付けを始めて1ヶ月。

見た目は変わらないのに、心の中では確実に片付いていくものがある

こんにちは、ちこです。

この夏から始めた「実家の片付け」。
気がつけば、取りかかってから1ヶ月が経ちました。

“実家じまい”や“親の家の片付け”を経験したことがある方は、たぶん共感していただけると思うのですが…
片付けが進んでいるはずなのに、見た目ではあまり変わったように見えない時期ってあるんですよね。

私もまさに今、その時期です。
でも、片付けの手は確実に進んでいて…
そして心の中でも少しずつ変化が起きているのを感じています。

父の残したものと向き合う日々。「1日8袋」の現実

父が残したものは、想像以上に多く、そして重たく、時には扱うのに勇気がいるものばかりです。

ある日は、1日で8袋のゴミを出した日もありました。

「こんなに出して大丈夫かな…?」
「ちゃんと持って行ってくれるのかな…?」
そんな不安を抱えながら、指定の収集日に出しています。

心配をよそに、清掃員の方は毎回きちんと回収してくれます。

しかも、父が外に保管していた木材は雨ざらしで朽ち、金属の道具は錆びつき、触るとぽろぽろ崩れてしまうものばかり。

正直、「これ、持って行ってくれるの…?」と思うような重さや形のものもあります。

それでも清掃員の方々は手際よく、丁寧に収集してくださいます。

本当に感謝しかありません。
こうして誰かに助けてもらいながら実家の片付けは進んでいくんだなぁと実感しています。

大きなごみは軽トラで運ぶ。焼却場の方の優しさも沁みる

ゴミ袋に入らない大きな品は、旦那さんが軽トラックを出してくれて、一緒に焼却場へ運んでいます。

焼却場の職員の方もとても親切で、「これはこっちの炉がいいですよ」や「このサイズのものは別の場所へ運んでくださいね」など、とても丁寧に教えてくれます。

こうして思えば、清掃員さん、焼却場の職員さん、旦那さん…
たくさんの人の力を借りて「実家じまい」は進んでいるんですよね。

片付けは孤独な作業に思えますが、実はたくさんの人の優しさと支えがあってできていることなんだと気づきました。

気づけば「ごみのプロ」に!? 実家の片付けが教えてくれること

実家の片付けを進めるうちに、自分でも驚くほど「ごみの知識」が増えていました。

「これは金属ごみか…」
「これは燃えるごみでいいのかな?」
「このサイズは粗大ごみ扱いなのか…!」

前はまったく知らなかったことばかり。
でもやっているうちに自然と分かるようになってきて、ちょっとした達成感のようなものまであります。

実家の片付けというとネガティブなイメージになりがちですが、実は学びが多く、“暮らしの知恵”がどんどん身につく作業なんだなと気づきました。

見た目は変わらない。でも「心」は着実に片付いていく

押し入れや物置、倉庫の奥の方から、父が大切にしていた道具や材料が出てきます。

使わなくなったもの、もう壊れてしまったもの、年代物の工具、父が勉強していた専門書…。

捨てるか残すかの判断は、そのひとつひとつが心を揺らします。

「これは父が大事にしていたのかな?」
「これを見るとあのときの父を思い出すなぁ…」

そう考えながら片付けていると、片付けの作業がまるで父との会話のように思えることがあります。

まだまだ見た目の変化は小さいけれど、心の中の整理は進んでいる。
これは実家じまいをして初めて分かったことです。

お父さんがくれた、夫婦の“共同作業の時間”

片付けをしていると、ふと感じることがあります。

「これは、お父さんがくれた“夫婦の時間”なのかもしれない」と。

軽トラで運んだり、分別について相談したり、焼却場で一緒に手続きをしたり…。

普段なかなかできない夫婦での共同作業。
大変だけど、どこかあたたかい時間でもあります。

「お父さん、こんなハードな共同作業を…」と心の中で笑いながら、「ありがとう」とそっとつぶやきたくなる瞬間があります。

実家じまいを通して気づいた「身の丈に合った暮らし」

実家の片付けをして強く感じたこと。
それは、“持ち物は、管理できる量だけ持つのが大切”ということ。

父は引き受けてしまい、片付けが苦手な人だったので、道具や材料が次々と増えていき、気がつけば物置や実家周辺には使われなくなったものがたくさん溜まっていました。

それらを片付けるのは、私たち家族。

そしてふと思ったのです。
「私も、自分の暮らしを見直さないといけないな」と。

必要なもの、大切にしたいものを選び抜く暮らしへ。
父の家を片付けながら、自分自身の暮らし方も整えたくなっています。

実家の片付けは、思い出と向き合う時間でもある

1ヶ月片付けてきて、改めて思います。

実家の片付けは、ただ物を捨てる作業ではなく、思い出とゆっくり向き合う時間。

忙しい毎日ではなかなか思い返さない父との記憶が、片付けの中でふわりと蘇ってきます。

「この道具、よく使ってたなぁ」
「これ、私も子どものころ触ったことある」

片付けるたびに、父にもう一度会えているような気持ちになるのです。

寂しさもあるけれど、どこかあたたかい、不思議な時間。

「お父さん、いろいろ教えてくれてありがとう」
これからもゆっくり、ひとつずつ進めていきます。


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